やはり同時進行が大切

  • 2010.03.31 Wednesday
  • 18:18
 

 水曜午後クラス、佐藤さんの作品です。まだ完成したわけではありません。「えっ?」と思われることでしょう。遠くで見ている分では、なかなかのいい出来で、バランス申し分なくスマートな仕上がりになってます。

 何回も、このブログに出てきたキーワードです。「絵は遠くで見て納得し、近づいて驚かす」
近づいて、ガッカリでは、実にもったいない。油絵は、水彩と違って絵の具自体に体積があるkら、一生懸命描いたところは、いやでも厚みがでてくる。その厚みのレイアウトが悪いと、近くで見た時に気持ちが落ち着かなくなるのだ。

 やはり、全体の同時進行というのが大切だ。無地だからといって、最初のひと塗りのままでは、おいてきぼりをくうので、あとで見え隠れする中との共通色を、下に入れとく必要がある。間違ってはいけないのは、うす塗を否定しているのではないこと。色のバランス・明暗のバランスがあるのと同じように、厚み薄さのバランスもあるということです。

 描けるからこそ、下地・基礎工事的な仕事を避けてはいけないと思う。このガラスものシリーズ、続けて何作目になるのだろうか? どんどんいい仕事になってきましたね。

2点完成しました

  • 2010.03.29 Monday
  • 19:23
 

 川内さんの「もがれたラッパ」が出来ました。なぜか、ラッパのグルグルが消えてしまいました。最初は、円のモチーフがたくさんあって、そのグルグルのオーバルが合わなくて、消えていった。でも、ここまで、円がなくなっちゃうと、グルグルもあってもいいかな。ちょっと寂しいよね。



 続いて、山崎さんの「ユリ」です。自宅で描いていて、いき詰まったらしい。アトリエに持ち込んで完成です。ポイントは、ユリのボリュームに対して、コップが軽くてあまり描かれていなくて、バランスを悪くしていました。透明なものに対して、躊躇する傾向があります。避けて通らず、しっかり屈折する様子を描けばOK。

 きょうは、時間がなくなっちゃって、さわりで終わり。いい絵です。

水彩の一歩

  • 2010.03.24 Wednesday
  • 18:51
 

 前々回、家で自分の手を描く練習をしてきた浜田さんの話をしましたが、彼女も色付けデビューです。そして、初めての水彩画ということで、青紫ベースの作業を教えているところです。

 いままで、鉛筆デッサンで陰影をつけていたのと、同じように水彩で陰影をつけます。それは暗い部分だけに手をいれることです。色は混ぜたり重ねたりすれば、必ず元より暗くなるのですから、明るいところは最初から手を入れてはいけない。

 青紫も二種類あるので、それなりにこれで豊かな色合いを感じるのが不思議だ。前々回も言いましたが、この紫色は普通に影の色となるし、他の色と混ざり合っても馴染むので便利な色です。今、色を着けています! 仕上げは、来週なのですが途中報告がこれ。良い感じね。初めての水彩もこうやれば何とかなる。


メリハリのある・・・

  • 2010.03.22 Monday
  • 18:01
 

 これは、先週仕上がった藤山さんの小品です。小品は力むと、まったくうまくいかないものです。大きな作品の構図を、そのまま縮小して手のひらサイズに入れても、イマイチです。

 人間が、瞳を動かして隅などを確認しながら絵を認識する絵の大きさと、目を動かさなくても全体を把握出来るスケール感の違いに通じる。小さい絵では、あまりオシャベリが多いと、ウザッタくて拒否反応がでるもの。それは、観賞する側の自由を奪うものです。

 さて、この白タマネギ。本人は縦じまの模様を描きたくてしょうがなかったのですが、というより、描かなくていいの? と思ってたようです。答えは、描いてもいいし、描かなくてもいい。でも、バックが広くて密度を持ち、おおいに語ってるのだから、この場合ほとんどタマネギは描かなくていい。

 絵は、つくづく、比較・対比による賜物と思う。あるものを活かすために、あるものをオサエル。メリハリのある生活とおんなじだね。そんな生活してますか?

肌に青をトケコマセル

  • 2010.03.17 Wednesday
  • 18:27
 

 水曜夜クラスのオサカベさんが、ついに色をつけ始めました。初めてのパステル画挑戦中です。パステルの場合は、色画用紙を使った方が上手く描ける。というか、ラクに描ける。下の色を活かして描くのだから、描きすぎて見えなくなる前に止める必要がある。だから、時間的に早いのです。

 そんな中、オサカベさんは、モデルが浅黒い方だったので、おもむろに、陰に茶系の色を使いました。どういうことになるか? まったくもって、このスカイブルーとは合わないし、陰が強調されることになってしまった。

 そこで、拭きとって、陰に青紫色を入れて、この状態です。「周りの色は、影の色に影響する」何回も出てきているキーワードです。どうでしょう、清々しいいかにもパステル調の色合いになりましたね。

 さて、今日は、使い古したホウキの先っちょのような手を直すそうです。どうなることやら。そういえば、となりで描いている浜田さんの手が最近メキメキよくなっています。自宅で、自分の手をデッサンしているとのこと。描けば記憶されるので、どういう作りになってるかが分るようになる。

 苦手なことは、避けてはいけません。ちょっと時間を作ってトライすることで、自信を持つことが出来るのよね。

ちょっと飽きたら

  • 2010.03.15 Monday
  • 18:50
 

 鮎澤さんが、出産で一時休会につき、我が静物画クラスでは水彩画を描く方がいなくなってしまったところ、新人登場です。この水彩画は、月曜午後クラスに入会された中村さんでの最初の作品です。さすがに経験者、立派なもの。今後の制作活動に期待します。

 サガンでは、みんな好きなモチーフ・題材で絵を描いています。大手カルチャー教室のような集団集合での制作風景ではありません。いろいろな素材が教室内で展開している楽しさ・騒がしさあり、それが面白い。だから、水彩画が無くなって寂しく思っていたのです。

 今度、どんな絵を描こうかしら、思い巡らせますよね。そこで、無理やりいつもと違う題材を見つけようとしていては、疲れてしまい。本質を見失うことになります。ちょっと飽きた時には、使う素材を変えてみるのがいい。有名どころの作家たちが、同じ題材をいろいろな素材やテクスチャーで作品を残しているのも当然のこと。

 素材の変化は、とても新鮮な感覚をゲットできます。どうぞ、お試しを!

草陰の色気か?

  • 2010.03.10 Wednesday
  • 18:26
 

 水曜午前クラスの中森さん、20号の静物画が完成しました。静かな落ち着いた時間が感じられるいい作品ですね。水平垂直のなかに、ビン・壺の肩のラインが妙に色っぽく感じるのは僕だけ? そして、不揃いに、無造作に、転がってるタマネギに愛着を感じる。

 この垂直水平という、生真面目な世界では、ちょっとしたユニークな有機曲線がものすごく強調される。ギリギリで喋りすぎない世界だからこそ、引き立ててくれる。本当に、絵は比較で成り立ってると感じるしだいです。

 ビャーァと私は私よ!と叫ぶ作品もあれば、草陰でジィーーとしているような作品もある。どちらがいいとは言わないが、どちらが体質に合ってるかは考えて欲しい。あこがれはあこがれ、本質は本質である。ナイモノネダリシテモなにもノコラナイ。

グレー調子はおとなの味

  • 2010.03.08 Monday
  • 18:09
 

 月曜午前クラス、山崎さんの静物画が完成しました。グレー調子の落ち着いた色合いの仕上がりです。ジミな布地だったもので、出だしから、床面が灰色系。灰色は他の有彩色を目立たせるが、それも一長一短で、それぞれがバラバラに主張し始めるものだから、作者は苦労した。

 「色は、周りに作用される」何回も出てきているこの理論。グレーでも同じことが言え、すべてのリンゴや梨、パンもグレーを入れ込んで、丁度いい頃合いとなる。一個一個みれば、鮮度の悪いリンゴが、このグレー調子の敷物の上では、水々しく輝く。

 それぞれを、説明に走れば、絵の中ではぶっ飛んでしまう。明るいも暗いも、大きい小さいも、周りとの比較で感じるものです。作者は、そこを想定して自作のトピックを作り出さねばならない。楽しいんだね、これが。たまたまの世界はつまんない。自分でイメージして、それを実現する時の喜びは大きいのだ。(いろいろ想定外もあるが・・・)

 まずは、技術ではない。最初に「何をしたいか」それも「私は」「どうして」ということ。表現とは、つくずく、自分をさらけ出すことだと思います。技術は、あとで、勝手についてくる。ホントヨ。

子孫を残すという最大の意味は?

  • 2010.03.03 Wednesday
  • 18:07

 水曜午後クラス、森さんの「カサブランカ」が出来上がりました。けっこうシックな感じの仕上がりに、本人にはイマイチ納得出来ない模様。もっと軽やかに描きたいとのことですが、それは、最初からは無理なことです。

 アーダコーダと苦労することは、重厚な雰囲気につながるけれど、軽やかさは計画通りに最短距離をこなさなければならない。そのためには、同じモチーフを何度となく描くことだ。それが、描写の神髄を捕まえて、最短距離の描写つまり軽やかな表現となる。

 ところで、この絵に違和感はないだろうか? あるものがない! そう、雌しべの花粉です。たしかに、花粉の飛び散るのを防ぐために取り省いているが、僕には、あるものが無いのは、気になってしょうがない。

 絵画の基本、「面・線・点」とすれば、その最後の「点」がないので、最後の味付けが無い感じ。自然物を描く時に、当然省略もするけれど、その本質的内容を持っているものを省いてはいけない。生きる、子孫を残すという最大の意味を表現しなくて何を表現したら良いのだろう? そう思わない?

「干し処」いかが?

  • 2010.03.01 Monday
  • 19:04

 アトリエサガンでは、各クラス持ち回りで一ヶ月毎のクラスギャラリーが展開されている。我がクラスの担当は2月で、今日でお終い。

 ギャラリーといっても、私達は「干し処」「干場」と呼んでいて、みんな片づけるのが面倒なのか、「どう?」と言うと喜んで掛けていきます。月初めに掛けられると、立て続けに一ヶ月の制作過程がお披露目されるので、ちょっと楽しく面白い。

 このように制作途中でも、壁に掛けて眺める時間が必要だ。僕は、それを「ねかす」と呼んでいる。「ねかす」とはせっぱ詰まっていないということで、「とり掛かりは早めに、中ねかせて、仕上げはすんなりと」っていうのがいいと思っている。要は力まないということだ。

 しかし、勉強・経験を積んでいる過程の方々は、目一杯リキンデいい。そして、失敗をたくさん経験したらいい。それが糧になる。眺めたって、力む時は力むのだから。

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